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加害者の言い分のみによる事故処理

「事枚で植物状態になっていた主人が亡くなってから二年が過ぎました。でも、今のところ自賠責からは保険金はいっさいおりていません。加害者には事故の責任がまったくないので支払うことはできないというのです」
茨城県に住む主婦、山口のぞみさん(34=仮名)は力なく語った。
運送業を営んでいた夫の山口徹さん(当時31=仮名)が事故に遭ったのは一九九三年、冬の早朝だった。午前五時半、まだ暗い中をいつものようにトラックに乗って出発。それからわずか五分後に事故は起こった。
信号機のある大きな交差点を通過しようとしたとき、左側から直進して来たトラックと衝突したのだ。徹さんのトラックの左側面が大破し、徹さんはその衝撃で車外に投げ出されて、重傷を負った。相手の運転手も車外へ投げ出されたが、幸い軽症だった。
救急病院へ駆けつけたときのことを、のぞみさんはこう振り返る。
「主人の顔は、本人とわからないくらい大きく腫れていました。口には酵素マスク、体じゅうに機械がたくさん取りつけられていました。脳が完全につぶれていると聞かされたとき、私は、もう立っていることができませんでした」
交通事政は、ある日突然平凡な家庭を破壊する。脳挫傷、肺挫傷という重傷を負った徹さんは、そのまま植物状態となった。しかし、眠っていても、髪や髭や爪は普段とかわらずに仲び続ける。のぞみさんは小学生の二人の子供を抱えながら、夫、が生きているということだけを心の支えに、一日も欠かさず病院通いを続けた。
事故から三ヵ月ほどたったある日、自賠責の元請け損保会社から「自動車損害賠償責任保険お支払不能のご通知」というB5判の紙きれが一枚、送られてきた。なかには、〈調査の結果、本件は下記理由により、遺憾ながらご請求に応じかねることになりました〉とあり、たった三行でこう説明されていた。
〈◯◯(加害者の名)車は信号に従い交差点に進入したものであり、過失はないものと判断されました〉
つまり、この事故は徹さんの信号無視が原因で起こったものであり、加害者は無責(責任がない) 。従って自賠責の支払い対象ではなく、後遺障害保険金は一円も支払うことはできないというのだ。
「自賠責保険がどういうものか、そのときはなにも知りませんでした。ただ、事故の後、主人はひと言もしゃべれないので、加害者の言い分だけで事故が処理されているような気がしていました。私は事故を見ていたわけではないし、何も反論することはできませんが、主人のほうの信号が赤だったという証拠はどこにあるというのでしょう?」
しかし、手元にあるのはそっけない説明文だけである。その結論に至るまでの経緯について、事故の調査をおこなった自算会や、その調査結果を受けて通知書を送ってきた損保会社が説明に来てくれるわけでもない。
のぞみさんは毎日、自宅と病院を往復し、夫の介護に明け暮れた。病院からの請求は、国民健康保険を使っても毎月三十万円はかかる。六万三千円以上は高額医療で払い戻されるものの、収入のまったく途絶えた状況で、毎日の暮らしをのぞみさんひとりで維持していくことは限界に近かった。
「子供たちのためにも、頑張らなくちゃ、と自分に言い聞かせていました。でも、もうだめかな、と何度も思いました」
一年たっても、徹さんの植物状態は続いていた。のぞみさんはなんとか後遺障害の等級を認定してもらおうと、診断書の他にCT(コンピュター断層撮影)の写真も提出し、再び、自賠責保険の請求を試みた。しかし、加害者「無責」のため支払い不能、という答えは一回目とまったく同じだった。
そして事故から一年三ヵ月後の九五年三月、徹さんはとうとう一度も目を聞けないまま、息を引き取った。
交通事故による「被害者救済」が目的で、国の事業として始められた自賠責保険。しかし、植物状態という重度後遺障害を経て死に至った山口徹さんとその遺族には、救済の手はまったく差し延べられなかった。
治療費や入院中の生活費などは、個人でかけていた傷害保険金などを充てて何とか支払った。しかし、母娘三人のこれからの生活の補償は何もない。のぞみさんは現在、パー卜の仕事を見つけて働きながら、二人の子供を育てている。
ある損害保険会社の調査担当者は語る。
「事故が起こったとき、いったい信号が何色だったのか。交通事故の調査では、この点、が非常に重要なんですが、確認するのは難しい。特に目撃者がいないときは、当事者の証言に頼るしかないわけですが、一方が亡くなったり重傷を負っている場合では、はっきり言って、証言のできないほうが不利になるケースが多いですね」
徹さんの事故でも、加害者のトラック運転手が、「自分のほうの信号は青だった」と供述しており、警察も、「山口さんが赤信号なのに交差点に進入したために起こった事故」として処理し、加害者は不起訴になった。
しかし、一方の当事者の言い分だけで処理された事故には問題点が多い。事故の体験談を掲載する口コミサイトを見て頂いてもお分かりになられると思う。
事故車両などの物証をもとに、数々の交通事故訴訟を逆転勝訴に導いてきた交通事故鑑定人のK氏は、人の記憶や言葉だけをもとにした調査の危険性を日ごろから指摘している一人だ。
「人間は誰にでも自己防衛本能があるから、とっさに自分に有利な嘘をつくことがある。交通事故のように利害の絡む場合は、当事者の証言だけを鵜呑みにして判断すると、大きな間違いを犯してしまうことが多いんだ。私の場合、鑑定にあたっては、当事者や目撃者の証言なんて最初から切り捨てているよ。事故がどのようにして起こったか、その瞬間を語るのは、現場に残されたタイヤのスリップ痕や油の軌跡、衝突の跡が残る事故車両といった物的証拠だけなんだ」
しかし、警察の調に書かれた供述は、刑事処分だけでなく、民事のの賠償問題においても威力を発揮する。自賠責の査定も、ほとんどの場合警察のつくった調書類が絶対的な判断材料になっている。自算会の調査事務所が一つひとつの事件で、事故車などの検証を独自におこなうことなど現実には不可能だからだ。